
2026年6月27日(土)から7月4日(土)まで、Lei Gallery Tokyoにて開催された、漆芸家・室瀬祐さんの初個展「山と雲を渡る」。
会場で生まれたのは、作品と来場者の出会いだけではありませんでした。
室瀬さんが個展開催まで向き合ってきた自身の迷い、そして個展を通じて見えてきた新たな景色について語ります。
個展で初めて見えたもの

【室瀬祐(むろせ・たすく)】
漆芸家。漆という素材に宿る深さ、揺らぎ、光の気配に向き合いながら、静かな緊張と余韻をたたえた表現を探求する。2026年6月、Lei Gallery Tokyoにて初個展「山と雲を渡る」を開催。
佐藤:初個展「山と雲を渡る」を終えて、あらためてどのような展覧会でしたか。
室瀬さん:始まる前が、一番不安でした。作品制作中は、常に選択の連続です。本当にこの表現でいいのか、完成させられるのかと迷うことが何度もありました。長い時間をかけたからといって、それが見る人に伝わるとは限らない。会場に作品を並べるまでは、自分が進む道が正しいのか、確信を持てずにいました。
でも、個展が始まってからは本当に楽しかったです。来場者の方々の反応を見て、対話を重ねることで少しずつ「自分はこういうものをつくりたかったのかもしれない」と思えるようになりました。
展示は、完成した作品を発表するだけではなく、工房では分からなかった作品の輪郭を、見に来てくれた人と一緒に確かめる時間でもあったんだと思います。
最後まで見えない完成形

佐藤:作品をつくる中で不安になることがあると仰っていましたが、室瀬さんにも、そういう迷いがあることが意外でした。
室瀬さん:むしろ、迷っている時間の方が長いかもしれません。
最初から完成形が見えていて、それを再現しているわけではないんです。形、大きさ、色、技法。いくつもの可能性から、その都度一つを選んでいく。考え抜いても答えが出ないこともあるし、一つを選ぶことは、別の可能性を閉じることでもあります。
特に漆は、工程の途中と完成後で表情が大きく違います。最後の磨きの直前まで傷や曇りが残り、それが一磨きで大きく変わることもある。
まだ目の前にない姿を想像しながら、信じて手を進めるしかありません。
今回の個展も、まず日程が決まり、そこから逆算して何を、どの大きさで、どれだけつくるのかを決めていきました。締め切りは、ただ無闇に制作を急がせるためのものではなく、決めきれない自分に、選択を引き受ける覚悟を持たせるためのものなのだと思います。
作品が構想を越えていくとき

佐藤: 選択を重ねるうちに、最初に思い描いていた完成形とは違う方向へ、作品が進むこともあるのでしょうか。
室瀬さん: あります。それが制作の面白いところでもあります。もちろん最初には、「こういうものをつくりたい」というイメージがある。でも制作が進むほど、そこへそのまま辿り着くことが正解ではなくなる瞬間が出てきます。
その時点までには、半年、一年と時間を積み重ねている。
漆は、その時間を簡単には巻き戻せません。
だから想定していなかったことが起きたとき、最初のイメージへ戻るのではなく、いま目の前にある作品から次の一手を考える。そこまでの選択を引き受けたうえで、完成形そのものを更新していくんです。
そうして、最初には想像していなかった表情や質感が現れることがあります。結果として、当初の構想とは違っていても、「こちらの方が面白い」と思える作品になるんです。最初に決めた場所へ辿り着くのではなく、制作の中で行き先そのものが変わっていく。
そこが、作品をつくる面白さだと思います。
漆を知らない人に届いたこと

佐藤:会場には、漆や蒔絵に馴染みのない方も多く訪れましたね。
室瀬さん:それが本当に嬉しかったです。漆だから、ではなく、シンプルにその美しさに興味を引かれて足を運んでくれた。初めて蒔絵を見たという方や、中には作品を見て涙を流す方もいました。
漆の質感や表情は、一つの角度だけでは捉えきれません。
光の中では金に見えていたものが、陰に入った瞬間に別の色を帯びる。カメラでは捉えきれない、その一瞬が強く記憶に残ります。
画面越しに簡単に多くの情報にアクセスできる時代の中で、今回の展示が知らないものに触れて一度立ち止まり、自分の目で確かめに行くきっかけになったのだとしたら、それは大きなことだと思います。
伝統だから大切にしなければいけない、という理屈でなくていい。自分の感覚で「綺麗だな」「面白いな」と思うことから始まればいいなと思っています。
個展の先に生まれた新たな動き

佐藤:個展を終えた今、次に考えていることはありますか。
室瀬さん:展示を見た何人かの学生から、工房を訪ねたいと連絡がありました。作品を届けることと同時に、興味を持ち、関わりたいと思う人が増えることも、文化が続いていくためには大切です。
今回の個展はあくまでスタート。漆の作品を見てくれる人が増えたからこそ、現代に合う形で漆芸を伝えていきたい。
個展と言っても、決して個人の力だけで実現したものではありません。漆の木を育てる人、漆の樹液をとる人、作品に使う素材や道具を作る人、そして、見に来てくれた人。その全員の想いや動きが展示という形をとり、文化を支えることに繋がります。
今回出会えた人とも、まだ出会えていない人とも力を合わせて、これから何を生み出していけるのか。みんなで、その先を楽しみながら創っていきたいですね。
編集部ノート
Lei Journalでは、室瀬さんの制作と、その周囲で漆を支える人々を、これからも記録していきます。
現在、Lei In Praise of Shadows Flagship Storeでは、「山と雲を渡る」で発表された一部の作品を、引き続きご覧いただけます。
漆の表情は、一枚の写真や一つの角度だけでは捉えきれません。
光が当たる場所。陰に入る瞬間。立つ位置によって浮かび上がる金や螺鈿、色漆の気配。
その変化は、作品と同じ空間に身を置くことで、初めて見えて見えてくるものがあります。
会期中に足を運べなかった方も、ぜひ店頭でご覧ください。
室瀬祐さん Instagram
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