
Simon Alcantaraさんは、ニューヨーク生まれのアーティスト。ジュエリーを中心に、写真、映像、インスタレーションなど、複数の領域で制作を行っています。もともとはプロのクラシックダンサー。Simonさんにとって、それらは一つの世界にある表現だといいます。
異なる表現を、Simonさんはどのように一つの仕事として捉えているのか。ダンスからジュエリーへと移った時間、独自の技法が生まれた背景、そして現在の制作について話を伺いました。
異なる表現、ひとつの世界

【Simon Alcantara(サイモン・アルカンタラ)】
ニューヨーク生まれのアーティスト、ジュエリーデザイナー。プロのクラシックダンサーを経て、独学でジュエリー制作を始める。独自のウィービング技法を軸に、身体の動きや光を捉えた作品を制作。Oscar de la Renta、Balmain Haute Coutureなどでデザインを手がけ、2004年から2019年まで、「ファッション界のアカデミー賞」と呼ばれるアワードを主催し、アメリカのファッション界を統括する最高峰の組織CFDA(全米ファッションデザイナー協会)に在籍。現在は写真、映像、インスタレーションにも活動を広げている。日本では、THE SALON BY NORHのHono Ueharaが独占的に活動をサポートしている。
佐藤:現在はジュエリーだけでなく、写真、映像、インスタレーションにも取り組んでいますよね。今の活動を、どのように捉えていますか。
Simonさん:私がしているのは、一つの世界をつくること。最初に仕事を知ってもらうきっかけになったのはジュエリーでした。でも写真は12歳頃から撮っていますし、映像やインスタレーションもジュエリー制作と同時並行的に行ってきました。
私はもともとクラシックダンサーでした。ダンスをしていた頃から、身体がどう動くか、遠くからどう見えるか、光がどのように観ている人へ届くかを考えていました。
今もジュエリーを作る時には身につける人の身体と光の受け方を見ますし、インスタレーションでは作品と空間の関係を考えながら取り組みます。
表現の形は変わっても、見ているものや考えることはそれほど変わっていません。
踊ること、つくること

佐藤:ジュエリーや写真、表現することへの興味は、どのように始まったのでしょうか。
Simonさん:振り返ると、子どもの頃から何かをつくることが好きでした。絵もよく描いていて、母の日に母へ贈った絵を見た友人から「私にも描いて」と頼まれ、20ドルで描いたことも。
写真を撮り始めたのは12歳の頃です。学校で書いた作文がコンテストで賞を取り、その賞金で初めてカメラを買いました。それからずっと写真を撮っています。
13歳頃には、当時通っていたバレエ学校の友人にイヤリングの作り方を教えてもらい、ジュエリーにも夢中になりました。レッスン後にヴィンテージショップへ行き、古いネックレスやクリスタルを買って、ばらしたものを組み合わせる。当時、American Ballet TheatreやNew York City Balletのバレリーナたちもその学校へレッスンを受けに来ていて、そうやって作ったオリジナルの作品を彼女たちに売っていました。
踊ることと、何かをつくることは、その頃から私の中に一緒にあったんだと感じています。
佐藤:その後、ダンスは仕事になっていく一方で、ジュエリーとの関わりはどう変わっていったのでしょうか。
Simonさん:プロとして踊るようになりましたが、数年後、大きな事故に遭い、6か月間松葉杖で生活しました。踊れない間に、またジュエリーを作り始めたんです。
ある時、友人が私のネックレスをパーティーにつけて行ったところ、衣裳デザイナーのPatricia Field(『Sex and the City』や映画『プラダを着た悪魔』、『エミリー、パリへ行く』の衣装で知られる世界的スタイリスト)の目に留まったんです。「誰が作ったの?」と聞かれたことから話が進み、コレクションを作ってほしいと依頼が来ました。
当時は、自分でも何をしているのかよく分かっていませんでした。それが3日で完売した。何が起きているのか信じられないような気持ちでしたね。
身体を戻したあとも踊り続けようとして、San Francisco Ballet(米国で最も権威あるバレエ団の一つ)のオーディションを受けました。でも、以前の状態に戻るにはさらに1年必要だと言われた。まだ若かった私には、それが世界の終わりのように感じられました。
26歳頃に、バレエの世界から離れた。
その先に何をするのかは、まだ自分でも分かっていませんでした。
偶然と規律

佐藤:バレエを離れたとき、その先に何をするかはまだ決まっていなかったとのことですが、どのような時間を過ごしていたのでしょうか。
Simonさん:当時はマイアミに住んでいて、ファッションの店で働いていました。接客が得意だったこともあって、あるお客様から個人的にワードローブ(手持ちの服のコーディネートや手入れ)を見てほしいと頼まれたんです。そこからプライベートスタイリストとして雇っていただき、一緒に買い物をしたり、パリへ行ったりすることもありました。そこで上質なものに触れ、ラグジュアリーの顧客について沢山のことを学びました。
一方で、Patricia Fieldとの出会いをきっかけにジュエリーの仕事も少しずつ広がっていきました。その後Untitled(先端ファッションを扱う老舗セレクトショップ)からも声がかかり、約2年後にはOscar de la Renta(最高峰のラグジュアリーブランドの一つ)と仕事をするようになった。最初からジュエリーの世界で生きていこうと決めたわけではなく、気づけば仕事になっていたんです。
佐藤:ダンスをやめたあとも、仕事の中に残っているものはありますか。
Simonさん:一番大きいのは規律です。クラシックバレエでは、毎日同じ動きを繰り返しながら少しずつ精度を上げていく。20年前から作っている作品も、今作るものの方が良い。もっと良い方法を探し続けているからです。
先生の一人だったGelsey Kirkland(アメリカのプロマバレリーナ)は、「拍の上で踊らない。音と音のあいだで踊りなさい」と常々言っていました。
予想されるところから少し外れる。
でも、全体としては調和していなければならない。
その感覚は今の仕事にも残っています。
自分の方法を見つける

佐藤:ジュエリーが仕事になっていく一方で、制作そのものはどのように身につけていったのでしょうか。
Simonさん:私はジュエリーを正式に学んでいなかったので、一般的な作り方を知りませんでした。だから「どうやって素材をつなげよう」と、自分で方法を探すしかなかった。その中で自然と素材を編むようになったんです。
パールを編み込んだフープを初めて作ったとき、完成した瞬間に身体全体が熱くなりました。理由は説明できないけれど、「ここには何かがある」と感じた。
数年後、カイロの博物館で、ワイヤーでパールを編み込んだ古代のフープを見つけました。その瞬間、今度は耳が熱くなったんです。何も知らずに始めた方法が、ずっと昔から存在していたものとつながっていた。必要に迫られて始めたことが、自分が思っていた以上のものになっていたんです。
佐藤:そうやってつくった作品を、誰かが実際に身につけている姿を見たとき、どのように感じますか。
Simonさん:その瞬間に初めて、自分が何を作ったのかを完全に理解することがあります。
日本でトランクショー(ブランドのデザイナーや担当者がセレクトショップなどを訪れ、新作や限定商品を直接紹介する展示・受注会)をするときも、身体がどう動くのか、どこに光が当たるのかを見る。同じ作品でも、身体や首の形、髪型、動き方によってまったく違って見えます。
私が想像していなかった身につけ方をする人もいますよ。
なので「自分なりの方法を見つけてください。もうこれはあなたのものだから」と作品を身に付ける方には伝えています。
一度誰かの手に渡れば、それはもう私のものではなく、その人のものになります。
一日を迎えるために

佐藤:ここまで作品や仕事について伺ってきましたが、少しSimonさん自身の日常についても聞かせてください。普段、どのように過ごしていますか。
Simonさん:起きたらまず、「今日も一日ありがとう」と言います。それからパロサントを焚いて、天気がよければ窓を開ける。そのあとに、お香を焚きます。
お香は以前から朝の習慣のひとつで、サンダルウッドのような昔から馴染みのある香りも好きです。
Leiのお店でIncense Collectionを知ったときは、Sea breeze Oudを選びました。これまで親しんできたお香とは少し違って、モダンだけれど人工的ではない。私には新しい視点のように感じられました。
神聖というより、少し喜びを感じさせる。その香りがつくる空気が好きです。
編集部ノート
ダンスを離れても残った身体の感覚と、ジュエリーを学ばなかったからこそ生まれた手の動き。
つくることには、理解するより先に、身体が知っていることがあるのかもしれません。
Simonさんの1日を始める Incense Collection
Simon Alcantaraさん Instagram
Simon Alcantaraさん 公式 Web
Japan — THE SALON BY NORH
Simon Alcantara’s 2019 statement on leaving the CFDA
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