
廃業も考えられていた家業を継ぎ、代表になったとき、楠さんは機械の織機をすべて手放しました。残ったのは、緯糸を一越(ひとこし)ずつ織り込む手織りだけ。熟練の職人でも、1日に織れるのはネクタイ2〜3本分という、いちばん時間のかかる方法です。
その生地はいま、ロンドン・サヴィル・ロウの老舗テーラーでも扱われています。
サーフィンのために帰った丹後から、手織りの生地が海を渡るまで。kuska fabric代表の楠さんにお話を伺いました。
着物の織元から

【楠泰彦(くすのき・やすひこ)】
日本最大の絹織物産地、京都・丹後生まれ。東京の建設会社でものづくりに携わった後、30歳で家業に入り、2年の修業を経て32歳で代表に就任。PITTI IMMAGINE UOMOへの出展を重ね、5カ国で展開。2024年、帝国ホテル東京に直営店を開いた。WEBメディア「THE TANGO」のディレクターも務める。
佐藤:kuska fabricについて、まずは教えていただけますか。
楠さん:1936年に創業した、丹後ちりめんの織元が始まりです。もともとは着物の生地を織って、京都の問屋さんに納めていました。
2010年に、すべてを手仕事でつくる自社ブランド「KUSKA」を立ち上げました。画一的な大量生産ではなく、職人の手織りの質感を、世界に向けて表現したかった。まずは男性の美意識の象徴であるネクタイに絞って、10年続けてきました。
その生地の表情に、もっと多くの方に触れてほしい。
そう考え「kuska fabric」に生まれ変わり、今はストールやバッグなどもつくっています。織りから製品づくり、販売まで、自分たちで一貫して行っています。
効率だけを考えたら、やらなくてもいいところも、丁寧に行う。
そういったものづくりを大切にしています。
波を求めて、丹後へ

佐藤:家業を継ぐことになったきっかけを教えてください。
楠さん:東京の大学を中退した後、建設関係の仕事に就きました。当時は家業を継ぐつもりはなく、両親も私に継がせる気はないようでした。
東京でサーフィンを始めたのですが、地元の丹後でもできると知って、一度サーフィンをしに戻ったんです。
ところが、知らぬ間に実家では家業が廃業しそうになっていました。小さい頃は、学校から帰ると両親は工場で働いていて、夜もそこへ会いにいく毎日でした。工場には、いつも活気がありました。それが、まったく違う雰囲気になっていたんです。
自分の帰る場所がなくなってしまうのではないか、という危機感がありました。継ぐというより、「何とかしなきゃ」というところからのスタートでしたね。
佐藤:織物の世界で、最初はどんなことから始めたのですか?
楠さん:売上がほとんどないなかで、織物の仕事を覚えながら、新しい事業も考えなければいけませんでした。
建設の仕事をしていたので、ものをつくることは苦ではなかった。でも、売ることは初めてで、そこが難しかったですね。
代表になったときに、機械の織機をすべて手放しました。
機械で織れば量は増えますが、ほかと同じものになってしまう。売上がほとんどない状態だったからこそ、私たちにしかできないことに絞ろうと考えたんです。
手織りだけを残す

佐藤:機械で織るのと手で織るのとでは、生地にどのような違いが出るのでしょうか。
楠さん:機械だと、どうしても平らな織物になりやすい。
手織りはゆっくり素材を膨らませながら織るので、生地に立体感が生まれます。そこに光が入ると陰影ができて、美しさが増していく。それがいちばんの特徴ですね。
丹後ちりめんには約300年の歴史があります。
その時間は、今からつくろうとしても、すぐにはつくれない。そして、着物のために最高級の織物をつくってきた産地なので、機能性や実用性よりも、美しさをいちばんに考えてきた。そのものづくりに惹かれましたし、今でもそこを軸にしています。
人の手と意志が入って、光り輝き、そこに喜びや感動が生まれる。そういうものを、私たちは美しいと考えています。
ロンドンへ、着物の言葉で

佐藤:海外に目を向けたきっかけは、何だったのでしょうか。
楠さん:ネクタイやストールなら、海外にも同じアイテムを届けられます。日本の緻密なものづくりが通用するのか、挑戦したい気持ちもあり、2017年頃から海外の展示会に出展を始めました。
展示会と、お店への飛び込みと、両方を続けています。
訪ねたお店に展示会の案内をして、商品を見に来てもらうことも。
佐藤:実際に海外の方からは、どんな反応がありますか。
楠さん:特にロンドンは取引先も多く、緻密な手仕事や美しさを評価していただいていると感じます。私たちは伝統工芸を前面に出すより、美しいものを日本の技術と手仕事でつくることを大切にしています。現地の方には「代々続いてきた着物の生地で、現代のスーツスタイルに合うものをつくっている」そう伝えていますね。
ただ、ファッションは流行に合わせて、商品を回転させる市場です。歴史や手仕事を大切にする方はいても、なかなか流通に乗りにくい。同じ市場にいながら、別の価値の見方を伝えていくことは、日々続けなければいけないと思っています。
丹後を、訪ねる場所に

佐藤:そのなかで、楠さんがkuska fabricで大切にされていることがあれば教えてください。
楠さん:手仕事でつくることに、妥協しないこと。
そして、それを知ってもらうことです。
いつか海外からも、わざわざ丹後まで工房を見に来てもらえる。そんなブランドにしたいですね。
人を迎えるテーブルに

佐藤:Lei non electric aroma diffuserは、どんな場面で使ってくださっていますか。
楠さん:事務所の商談室のテーブルに置いています。いい空間といい香りで、お客様をお迎えできるように。
お客様が席に着くと、「これは何ですか」と聞かれることがあって。そこから、話がほどけていくんです。
最後の質問です。
あなたにとって0へ戻る瞬間はどんな時?
「サーフィンで波に乗った瞬間」、無心になり心と身体が0になります。— 楠泰彦
編集部ノート
波に誘われて、丹後へ戻った楠さん。
いま、その丹後で織られた生地が、遠くのロンドンまで届いています。
光を受けると、膨らみに小さな影が落ちる。
影のなかに美しさを見る。
香りもまた、目には見えない影のようなものなのかもしれません。
kuska fabric 公式Web
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