
カメラの前で表現することと、その後ろで考えること。
Adelaide Matiさんは今、その二つを行き来しながら仕事をしています。
モデルとして誰かのイメージを身体で表現し、クリエイティブディレクターとして人やイメージを束ねる。そこから生まれた『Artemisia Magazine』では、ファッションの表面だけでは見えないものにも目を向ける。
誰かが求めるものに応えながら、どこに自分を残すのか。
そして、つくる側に立った時、相手にどれだけ自由を残せるのか。
仕事と身体、自分の基準、見る側になって変わったことについて話を伺いました。
カメラの前とその後ろ

【Adelaide Mati(アデライデ・マティ)】
イタリア出身のモデル、クリエイティブディレクター。アムステルダムを経て東京へ移り、日本でモデルとしてのキャリアを築く。現在はモデルとして活動する一方、ファッションや身体、文化を扱う『Artemisia Magazine』のクリエイティブディレクターも務めている。
佐藤:まず、今の活動内容について教えてください。
Adelaideさん:モデルをしながら、SNSで日本のライフスタイルやスポットを紹介するコンテンツをつくったり、ファッション&カルチャーメディア『Artemisia Magazine』でクリエイティブディレクターを務めています。
モデルとしてはカメラの前に立ちますが、自分のコンテンツでは、何を撮るか、どのように見せるかも自分で考えています。
カメラの前にいる時が一番自由に自己表現できている感覚がありますが、その後ろで見せ方や発信する切り口を考えることも、同じくらい面白く感じるようになりました。
佐藤:その中で、なぜ『Artemisia Magazine』という形をつくろうと思ったんですか?
Adelaideさん:モデルとして仕事をする中で「自分の視点を、もう少し形として残したい」と思うように。
ファッション誌を見ると、モデルも服も写真も、すべてが完璧に見えます。でも、その裏側には何があるのか、ずっと気になっていました。
ファッションの世界では、服をつくるデザイナーやイメージをつくる側の言葉が多く語られます。一方で、その服を着て表現するモデル自身の声が、表に出ることは多くありません。
だから、自分がモデルとして経験してきたことを出発点に、ファッションや身体について別の角度から考えられる場所をつくりたかった。
ただ読むだけの雑誌にはしたくありませんでした。
誌面には、読者自身が書き込みながら、身体や自己肯定感について考えるページを作りました。読む人もコンテンツに参加することで、初めて完成するような雑誌にしたかったんです。
間違えてもいい場所

佐藤:今の活動に至るまでのことを、少し聞かせてもらえますか。
Adelaideさん:もともとは歌手になりたかったんです。高校生の頃に歌のオーディションを受けていて、その結果を待っている間に、フォトグラファーから「写真を撮ってみない?」と声をかけてもらいました。
それまでモデルになろうと思ったことはありませんでした。身長も十分でなく、自分はモデルの基準には当てはまらないと思っていましたね。
でも、カメラの前に立った時、すごく自由に感じました。
人の反応をその場で気にせずに、自分を表現できる。
その感覚は、歌うことで得ていた感覚にも少し似ていました。生きている実感を感じることができたんです。
佐藤:そこから、どのような環境の変化があったのでしょう?
Adelaideさん:まずは、英語を学ぶためにオランダ・アムステルダムへ移りました。
私は小さな街で育ったので、周りの人もみんな顔見知りという環境でした。人見知りではなかったけれど、人の目を気にして、自分の考えていることを内側にしまうことが多かったんです。
アムステルダムに行って、それが180度変わったんです。
移民が多く、アートの街でもあったアムステルダムの雰囲気は「間違えてもいい」、「自分を表現してもいい」と私に語りかけてくるようでした。そこから日本へ行く機会が生まれ、東京でモデルの仕事をするようになったのが東京へ来るきっかけとなりました。
誰かの基準の中で

佐藤:モデルとして仕事をする中で、どんな時に「自分らしい仕事ができた」と感じますか。
Adelaideさん:相手が求めているものに応えることは大切ですが、私はそこから少し先までやってみたいと思っています。
言われた通りにするだけではなく、自分なりのものを少し加えたい。何か足りないと思われるより、「ちょっとやりすぎだから、少し抑えて」と言われる方が好きなんです。最初は少し多めに出して、必要ならそこから引いていく。
どんな仕事でも、少しは”Adelaideらしさ”が残っていてほしいと思っています。
佐藤:反対に、仕事で求められるものと、自分の感覚との間で難しさを感じることはありますか。
Adelaideさん:あります。特に身体については、この仕事を始めてから「細い」という感覚そのものが変わりました。
周りのモデルや、仕事で求められる身体を見続けていると、それがいつの間にか自分自身を見る基準にもなってしまいます。気をつけないと、一人の人間としてではなく、「モデルの身体」としてだけ自分を見るようになってしまう。
だから、仕事のために自尊心や、自分の身体との関係まで壊したくないと思っています。不健康な状態でたくさん働くより、仕事が少なくても、自分が幸せでいられる方がいい。
完璧に見えるものには、もしかすると手が届くのかもしれません。でも、そのために何を犠牲にするのかは、考えながら仕事をしていきたいですね。
ダンサーと振付師のように

佐藤:モデルとしてカメラの前に立つ時と、クリエイティブディレクターとして現場に立つ時では、見えているものにどんな違いがありますか?
Adelaideさん:モデルは、誰かのビジョンを身体で表現します。クリエイティブディレクターは、その人の可能性を見ながら、どうすれば一つのアイデアを形にできるかを考えます。
私にとっては、ダンサーと振付家の関係に少し似ているように思います。
振付家は全体を見る。ダンサーは、それを身体で生きたものにする。立場は違いますが、どちらも多くの人の仕事を一つのものにしていく役割があると思っています。
佐藤:では、自分が見る側になった時、モデルとはどのように向き合っていますか。
Adelaideさん:人によって、得意なことも、不安に感じることも違います。
どこで少し導いた方がいいのか、どこで任せた方がいいのか。その人を見ながら考えるようにしています。
一番好きなのは、セットが少し遊び場のようになる瞬間です。モデルが「正しくやらなければ」と思わずに、試したり、動いたり、楽しめる。
そういう時に、その人にしかできない表現が出てくると思います。
風の向かう先へ

佐藤:これから、どんなことに挑戦していきたいですか。
Adelaideさん:モデルとクリエイティブディレクターの仕事を、もっと近づけていきたいです。イタリアでも一緒に仕事をしてみたいブランドもありますし、日本は今ではホームのように感じています。
でも、先のことはあまり決めすぎません。予想していなかった小さな扉を開けたら、違う場所につながっていることもある。少し風の向かう方についていって、その先に何があるのかを見てみたい。今はそんなふうに考えています。
佐藤:少し日常の話も聞かせてください。Leiのcard diffuserは、普段の暮らしの中でどのように使っていますか。
Adelaideさん:寝室に置いています。香りはもちろんですが、インテリアとしても日常の中で楽しんでいます。
朝起きた時にやさしく香ると、一日が始まるのを少し後押ししてくれるように感じます。夜は反対に、その香りを感じることで、少し素の自分に戻れる気がします。
Adelaideさんが使うcard diffuser
編集部ノート
相手が求めるものを受け取りながら、自分をすべてそこに預けないこと。
自分がつくる側に立った時には、今度は相手がその人自身でいられる余地を残すこと。
Adelaideさんの話には、そんな距離感がありました。
誰かのためにつくられたものも、手を離れたあと、それぞれの時間を生きていくのかもしれません。
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