
代々木上原駅から歩いて5分。ストーブにだけ光が落ちる暗いサウナ室、白樺の香りの蒸気、ひとり用の水風呂。上の階では、サウナを終えた人が窓際で一杯を傾けています。
「YOQ(ヨク)」のオーナー、林暢之さんは、もともと建築の設計をしていました。まちにサウナをつくるまでと、その空間で大切にしていることを伺いました。
サウナと、一杯のある場所

【林暢之(はやし・のぶゆき)】株式会社LIQUE代表。設計事務所とゼネコンで意匠設計に携わったのち、2025年3月、代々木上原に「Sauna & Drink YOQ」を開業。
佐藤:まず、YOQについて教えてください。
林さん:男性専用のサウナ施設です。3階にサウナと水風呂、休憩スペースがあり、4階には受付とドリンクのラウンジがあります。サウナのあとに、ジンやクラフトビールを一杯楽しんでいただけます。
3階のサウナでは、とにかくひとりで集中して、リラックスしてほしいですね。スマホも置いて、デジタルデトックスしてもらえたらと思っています。派手なことは、何もしていません。でも入ってみると、なんか気持ちいい。そう感じてもらえるよう心がけました。
4階のラウンジは、まちの人50人ほどへのアンケートから生まれたんです。多かった回答が、「一杯飲めること」と「くつろげる場所がほしい」でした。
サウナの余韻を楽しみながら、ひとりでまったりしたり、仲間と語らったり。来てくれた人には、幸せな気分で帰ってほしいです。
幸せな状態だと、嫌なことが起きても、少しだけ人に優しくできたりしますよね? 小さな幸せをまちに広げられるきっかけの場所がYOQであったらいいなと思っています。
家にあったサウナ

佐藤:どういった経緯で、YOQをオープンすることになったのですか。
林さん:サウナとの付き合いは、子どものときからでした。小学生の頃、実家を北欧系の住宅を手がける設計事務所に建ててもらったとき、僕が「サウナがほしい」と言ったらしく、家にサウナがありました。それ以来、温浴施設が好きなんです。
当時は自分が施設をオープンするなんて考えたこともありませんでした。
サウナが自分にとって特別なものになったのは、会社員をしていた頃でした。満員電車に揺られる毎日で、自律神経のバランスを崩してしまいました。運動して汗をかくと心が落ち着くと知ってジョギングを始めたのですが、冬になると汗が出ないんです。
そこで「サウナなら冬でも汗をかけるなあ」と。
通うようになったら、いつの間にか夜ぐっすり眠れるようになって。そこから、どんどんハマっていきました。
入ったあとって、すごく幸せな気分になりませんか?
水風呂とサウナに入るだけで、こんなに満たされるんだと、衝撃を受けましたね。
数分でうまれる笑顔

佐藤:サウナをつくる前は、どんなお仕事をされていたのでしょうか。
林さん:建築の意匠設計です。何もないところから建物をつくる仕事でした。
家を1軒建てるにも、施主さんと2、3年向き合い、引き渡しの日にようやく笑顔に出会える。引き渡したら、建物はお客さまのものに。毎回、子どもを手放すような気持ちになっていました。
40歳になったタイミングで、ふと思ったんです。
ひとりのお客さまに何年も向き合って、やっと笑顔に出会える。それを、あと人生で何回できるんだろうと。
そんなとき、仕事仲間が代々木上原で始めるお店の立ち上げを手伝うことになったんです。接客をするのは、大学時代のアルバイト以来でした。商品のことや、つくり手の思いを数分話すだけで、お客さまが「ありがとう」と言って買い物をしてくれる。短い時間でも、人はこんなに笑顔になるんだと驚きました。
子どもの頃から、漠然とですが、人に喜んでもらえる仕事がしたいと思っていました。建築の知識も活かせて、人を幸せにできる仕事は何だろう。そう考えたとき、浮かんだのがサウナでした。僕の自律神経がサウナでよくなったように、まちの人にも心と体を整えてほしい。
サウナなら、人を幸せにできると思えたんです。
最高の「ふつう」をつくる

佐藤:YOQを日々運営する中で、大切にされていることはありますか。
林さん:一番は施設として当たり前のことですが、とにかく清潔に保つことですね。どんなに素敵なお店でも、汚れているところを見つけると、少し残念な気持ちになりますよね。YOQは白タイルを基調にしているので、汚れは特に目立ちます。
だから毎日スタッフと一緒にコツコツ掃除しています。
朝晩はもちろん、営業中も15分に1回は巡回しています。お客さまが使ったあとに乱れているところがあれば、すぐに整えています。
ありがたいことに、その姿勢は常連さんにも伝わっているようで、「林くんの家のサウナに入りに来ている感覚なんだよね。だから、他のお客さんが汚しているのを見ているとすごく腹が立つ」って言ってくださる方までいるんです(笑)。
佐藤:設計は、ご自身でされたのですか。
林さん:いえ、動線などの基本的なプランを自分で描いて、大学時代の友人に頼みました。彼が掲げたテーマは「理想のふつうのサウナ(Re:normal)」。
当たり前を疑ったうえで、最高のふつうをつくる。
大きな水風呂をひとつにすると、知らない人と同じ水に入るし、水も揺れて冷たい。だからひとり用をあえて2台にして、シャワーを浴びている人が目に入らないよう、角度を30度ずらして置きました。
サウナだけに集中してほしいので、ペットボトルの持ち込みはお断りしています。ラベルが並ぶのも、視覚的なノイズになると考えています。その代わりに、渋谷の老舗の氷屋「冨士氷室」の氷と、無農薬のレモンでレモン水を用意しています。
ルールをしっかり決める分、心地よく過ごしてもらうための要素は、こちらで補う。そう考えています。
その先に、広がるもの

佐藤:これから、YOQをどのように続けていきたいですか。
林さん:今のところ、店舗数を増やすこと自体はあまり考えていません。
ただ、ここで接客していると、サウナの話をすることが多くなります。中にはサウナをつくりたいという方もいらっしゃいますし、建築そのものを相談してくださる方もいます。サウナをつくりたい方は建築に詳しい人ばかりではないので、まずは「なぜサウナなのか」から話を聞きたいんです。
その方が何をしたいのか? どんな場所にしたいのか? それを一緒に考えながら、その場所に合った意味のあるサウナをつくれたらいいなと思っています。
そして、ここを使ってくれる人たちが、その先に何かを広げていく。YOQが、そういう場所であり続けたらいいですね。
最後の質問です。
あなたにとって0へ戻る瞬間はどんな時?
もちろん、サウナに入ったあと。それから、何かをやりきった瞬間ですね。— 林暢之
編集部ノート
「サウナがほしい」と言った少年は、やがて、まちにサウナをつくりました。
建築からサウナへ。林さんが見つめてきたのは、いつも、そこを使う人の笑顔でした。
ラベルの並ばない浴室。
15分ごとに整えられる、白いタイル。
心地よさは、そこに「ない」もののほうから生まれるのかもしれません。
Sauna & Drink YOQ(サウナ・アンド・ドリンク ヨク)
東京都渋谷区上原2-48-11 3F・4F/代々木上原駅から徒歩5分。男性専用(定期的にレディースデーを開催)。営業時間・料金は公式サイトをご確認ください。
YOQ 公式Web
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語られない背景。
明るさの裏側にあるもの。
静かな重心を持つ人や空間に目を向けることで、はじめて見えてくる価値があります。
Lei Journalでは「陰翳礼讃」という考え方を手がかりに、人、空間、仕事の在り方を記録していきます。
