
元女子フットサル日本代表としてスペインでもプレーし、現在は日本と世界をつなぐクロスボーダー事業に携わる吉林千景さんに話を伺いました。
言葉だけでは届かない前提の差をどう受け取り、何を運ぶのか。抹茶を文化として届ける試み、セーリングチームのサポート、そして香りで自分の場所に戻る感覚まで、その仕事と感覚の輪郭を辿ります。
ブームの先に残るもの

【吉林千景(きちばやし・ちかげ)】
元女子フットサル日本代表。スペインでのプロ生活8シーズンを経て、現在は日本と海外をつなぐクロスボーダー事業を行う。抹茶ブランド「sēnn.」を運営。海外企業の日本進出支援、日本のプロダクトの海外展開、日本代表セーリングチームのサポートなどを通じて、文化や価値観の橋渡しを行っている。
佐藤:今の活動内容について教えてください。
吉林さん:海外の企業が日本に来るときの受け入れや、日本企業が海外に出ていくときのサポートをメインに行っています。その中で最近は、もう少し「日本」というキーワードにこだわって動きたいなと思うようになっていて。
佐藤:具体的には?
吉林さん:今は抹茶を世界に発信し始めていて、「sēnn.」というブランドを運営しています。抹茶って世界ではかなり広がっているけど、まだ“ブーム”で止まっている部分もあると思うんです。広がること自体は良いことだと思いますが、それだけで終わってしまうともったいない。どのように文化として根づいていくか。すぐに答えが出ることじゃないし、時間もかかります。でも、そこにチャレンジしたいんです。
佐藤:広げたいのは、商品だけじゃない。
吉林さん:はい。表面的に消費されるんじゃなくて、その奥にある背景や感覚ごと届いてほしい気持ちがあります。日本のものって、単にモノが良いだけじゃない。そこに至るまでの技術や考え方に魅力があると思っています。ブームのまま通り過ぎてしまうのは、やっぱりもったいないなと思うんです。
言葉にならない差をつなぐ

佐藤:日本と海外のあいだに立つ仕事の面白さって、どこにありますか。
吉林さん:言語が違うだけなら、まだ分かりやすいのですが、考え方の前提が違うところが1番難しいです。ただ、面白さがあるのもそこなんですよね。
佐藤:同じ「いいですね」でも、全然違ったりしますよね。
吉林さん:そうなんです。どれくらい前向きなのか、どこまで本気なのか、その温度感が国によって全然違う。そこを読み違えると、全部ズレていくんですよね。むしろ、訳す前の感覚を受け取る仕事かもしれないです。何を言っているかだけじゃなくて、何を前提にその言葉が出てきているのか。そこを汲み取れないと、言葉だけきれいに並べても、結局噛み合わない。
そうですね。目に見える成果の前に、まずはあいだを整える。それが、この仕事の面白さでもあり、難しさでもあると思います。
海はつながっているのに、見え方はひとつじゃない

佐藤:日本代表セーリングチームのサポートもされていますよね。
吉林さん:はい。JPN22 Racingという、2028年のロサンゼルスオリンピックで金メダルを目指しているチームのサポートをしています。
セーリングは、ヨーロッパで特に盛んです。チームはスペインのテネリフェ諸島と江ノ島をメインに活動しているのですが、スペインで活動するためのビザや現地の自治体との協力や、日本でどのような企業や自治体と関係をつくっていくか、という部分で関わらせていただいています。
佐藤:競技の外側を整える仕事ですね。
吉林さん:そうですね。企業や自治体と一緒に、何ができるかを考えるところから始まることが多いです。今の拠点は江の島なのですが、海って本当は全部つながっているのに、自治体は分かれている。なので、どこかひとつの自治体とだけ、という話ではなく、そのあいだをどう結んでいくかを考えています。
佐藤:実際、そのあたりで難しいなと思う瞬間ってありますか。
吉林さん:あります。こちらとしては同じ活動の話をしているつもりでも、話す相手が変わると、前提が全て変わってしまうところでしょうか。海の上ではつながっているのに、陸に上がると管轄で分かれてしまう。たとえば江の島を拠点にしていると言っても、藤沢で見える海と横浜から見る海は別物なんですよね。同じことを伝えたいのに、どこを切り取るか、何を先に話すかを少しずつ変えないと届かない。そこが難しいですが、面白いところでもあります。
佐藤:その“少しずつ変える”って、まさに吉林さんがしている、文化の橋渡しと通じるところがありますよね。
吉林さん:そうかもしれないです。同じものを、そのまま伝えても伝わらないことがある。
なので相手に合わせて変えるのですが、変えすぎると今度は本質がずれてしまいます。
常にそのギリギリを探っていますね。
佐藤:海で風を相手にする競技を、陸から支えるって不思議ですよね。
吉林さん:本当ですよね。しかもセーリングって、風がないとレース自体がなくなってしまいます。進むためには、まず風がないといけないんです。そういう競技を見ていると、コントロールできないものの中でどう動くか、ということを常に考えていますね。
自分が呼吸できる場所を選ぶこと

佐藤:吉林さんの今の仕事の感覚って、スペインで過ごした時間ともつながっていますか。
吉林さん:かなりつながっていますね。18、19歳でスペインに渡ったのですが、日本で信じていたものが全然通じなかった。その体験は大きかったですね。最初の一年半くらいは、楽しかったけど、心から楽しいとは全然思えなかった。言葉も十分じゃないし、みんな優しいんだけど、その優しさが逆につらいというか。気を使われている感じがしてしまって。一回日本に戻ったときは、もう絶対帰らないって思っていました。
佐藤:でも、また戻った。
吉林さん:戻りましたね。今思うと、当時はうまくやろうとしすぎていたんだなと。ちゃんと馴染まなきゃとか、しっかりと結果を出さなきゃとか。でも、そうやって力が入っている時って、余計に苦しくなるんですよね。
自分でコントロールできないことは、気にしすぎちゃダメだなと思うようになりました。スペインだと、日本のように全てが順序よく整うことは少ないです。そこを何とかしようとし続けると、すごく疲れる。日本にいた頃は、早く行くとか、準備するとか、やった分だけ意味がある感覚も強かった。けれど、やればやるほど報われる、という単純な話ではないし、むしろやりすぎているから結果が出ないんじゃないか、と見られることもありました。
佐藤:真逆ですね。
吉林さん:真逆でした。一時期ムルシアという田舎街のチームにいた時期があって。レベルは高かったし、リーグ優勝もしたのですが、家を出たら畑しかないという環境で、社会と切り離されすぎていたんです。そのときに怪我も重なって、「ああ、レベルだけで居場所を選ぶと苦しいんだ」と思いました。
そこで、「どこで、どう生きたいか」がないと続かない。全部を握ろうとしないことと、自分がちゃんと呼吸できる場所を選ぶこと。それは競技の中でも、競技の外でも、少しずつ覚えていったことだと思います。
香りで、いつもの自分へ

佐藤:最後に、香りのことも聞かせてください。Green Symphonyは、どんな場面で使っていただいてますか?
吉林さん:ベッドとかソファに使っています。空間に広げるというより、ちゃんと匂いを受け止めてくれる場所に使いたくて。私にとってベッドはすごく神聖な場所なので、強すぎる香りは無理なんです。市販のものだと人工的に感じることもあるけど、Green Symphonyは嗅いでいて苦しくならないし、なじみやすい。
佐藤:吉林さんにとって、「香り」はどんな存在ですか。
吉林さん:自分のいつもの匂いがあると、その場所にストンと戻れる感じがするんです。ベッドに入った瞬間に、ちゃんと自分が戻ってくる感じ。記憶ともつながっているし、再起動の直前に、自分を元の位置に戻してくれるものに近いのかもしれないです。
佐藤:戻ることで、また動ける。
吉林さん:そうですね。香りって、何かを足すためというより、戻る場所をつくるためにあるのかもしれないです。気づいたら、ちゃんと自分のところに戻っている、みたいな感覚です。
編集部ノート
国が変われば、言葉の意味も少しずつ変わっていく。吉林さんの話には、そのずれを急いで埋めようとしない感覚がありました。
ベッドやソファに香りを入れること。
自分の場所に戻って、また動き出すこと。
その静かな切り替え方が、印象に残りました。
吉林さんが自分に戻るために使っている香り
吉林さんInstagram:https://www.instagram.com/chikage_kichibayashi/
sēnn. Instagram:https://www.instagram.com/senn.matcha/
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