
すぐに答えへ辿り着ける時代になった一方で、自分の感覚で何かを受け取ることは、以前より難しくなっているのかもしれません。
陶芸家・茶人 山田翔太さんは、茶盌と茶の湯を通して「みたて茶会」を主宰しています。 “みたて”とは、誰かの正解をなぞることではなく、自分の感覚で美しさに触れること。
今回は山田さんに、「みたて」とは何か、茶盌をつくること、茶の湯をひらくことについて伺いました。
誰かの正解ではなく、自分の“みたて”をひらく

【山田翔太(やまだ・しょうた)】陶芸家・茶人。10代から独学で陶芸を始め、現在は茶盌を中心に制作。遠州流茶道で茶の湯を学び、茶盌と茶の湯を通して“みたて”の世界をひらいている。国内外で茶会や個展を行い、ブランドとのコラボレーションも手がける。
佐藤:まず、山田さんの活動内容についてお聞かせください。
山田さん:陶芸家・茶人として活動しています。「みたて茶会」を主宰し、陶芸では茶盌を中心に制作しています。みたて茶会では、参加者それぞれに茶盌を選んでいただき、「何に見えるか」を持ち寄りながら、その人自身の感覚をひらく時間をつくっています。
佐藤:山田さんの「みたて茶会」に参加させていただいて強く印象に残ったのが、「誰かの正解ではなく、あなたの“みたて”をひらく」という言葉でした。山田さんにとって“みたて”とは何でしょうか。
山田さん:僕にとっての“みたて”は、上手に説明することでも、正しく評価することでもありません。何かを見たときに、自分の中で何が立ち上がるのかを、そのまま受け取っていく行為に近いと思っています。
茶道にも「見立て」という言葉はありますが、僕の考える“みたて”は少し考え方が異なるんです。茶道では亭主が道具を見立て、お客さまがその見立てを受け取ります。けれど僕の“みたて”では、みたてをするのはお客さま自身です。僕はガイド役に徹して、選ばれた茶盌の中に、その人が何を見るのかを一緒に辿っていく。
佐藤:みたて茶会に参加したとき、まさにその感覚がありました。何かを教わるというより、言葉にする前の感覚を静かに差し出されるような、不思議な時間でした。自分の感覚は自由だと思っていたのに、実際には名前のついたものしか見ていなかったのかもしれない、と感じました。
山田さん:僕が何かを言いすぎると、その瞬間に僕が正解ということになってしまう。けれど本来、その人の中に感覚はすでにあるはずなんです。僕の役割は、それを上から与えることではなく、ひらくきっかけをつくることだと思っています。
佐藤:先に答えを取りに行ける時代だからこそ、という感じがしました。
山田さん:そうですね。でも子どもの頃って、もっとモノやコトを自然に見ていたと思うんです。山や海、夕焼けや雲の形、それだけで面白がれた。そのようなシンプルなものの見方を、大人になった今もう一度ひらくことが、自分のやりたいことなんだと思っています。
つくることは、受け手に余白を与えること

佐藤:山田さんの茶盌を見ていると、心地よい気配と温度を感じます。作るときに意識していることはありますか?
山田さん:自分の意志やエゴを入れすぎないことですね。もちろん手を動かしているのは自分なんですが、自分の意志が強く入りすぎると、あとでその器に触れた人が、自分の意志を入れるスペースがなくなってしまうんです。
自分は“エネルギーを通すただの管”みたいなものだと思っていて。この肉体も、茶盌も、全部預かり物に近い感覚がある。だから、できるだけ自分の都合で閉じないようにしたいんです。頭の中に降りてきたイメージを、自分の意図は入れず、そのまま表現しています。
佐藤:余白ということでしょうか。
山田さん:そうですね。余白は、単に曖昧ということではなくて、その人の感覚が入ってこられるためのスペースだと思っています。作り手が完成させすぎないことが、逆に受け手にとっての意味を生むこともあるんです。
作品を受け取った人が、自分の感覚に戻っていけるものを作りたいんです。100人いたら100人が違う感想を持つ、そのくらいひらかれたものになったら理想ですね。
美意識は、外側ではなく内側に向けることで磨かれる

佐藤:山田さんのお話を聞いていると、美意識とはセンスの良し悪しというより、その人がどう生きているかに近い感じがします。
山田さん:そうだと思います。何を美しいと思うかは、その人が何を大切にしているかにかなり近い。だから本当はすごく個人的なものなんですよね。今は誰かの評価や物差しに振り回されやすいからこそ、自分は何を見て、どう感じたのかを言葉にする時間が必要だと思っています。
佐藤:私自身、みたて茶会のあとに、自分が“わかっているつもり”で見ていたものが結構多かったなと思いました。言葉を知っていることと、感じていることは別なんだなと。
山田さん:知識はもちろん大切なのですが、先に知識で閉じてしまうと、自分の感覚が入る余地がなくなる。“わかる”より先に、“何を感じたか”があってもいい。みたては、そのための練習でもあると思っています。
茶の湯の外へ、“みたて”はひらいていく

佐藤:山田さんの活動は、茶の湯の中に閉じていないですよね。茶会や個展を日本だけでなく海外などでも行われているとか。
山田さん:最初に開催したお茶会が、フランス・マルセイユだったんです。
当時は陶芸家として展示会に参加していたのですが、現地で「お茶を開いてほしい」と声をかけていただいて。準備もないまま、自分の茶盌と最低限の道具だけでお茶を点てました。
茶道を始めてまだ半年ほどの頃でしたが、すごく喜んでいただけて、そこで初めて「お茶は、整いきった場の中にだけあるものではない」と思えたんです。形式より先に、人の感覚がひらくことの方が大切なのかもしれない。そう感じられたことが、その後の自分の活動の大きな転機になりました。その経験から帰国後は、場所や文脈を限定せずに、お茶をひらいていきたいという意識が強くなりました。
佐藤:最初がフランスだったんですね。今では、世界的なブランドとのお仕事にもつながっていますよね。
山田さん:2025年にはスイスのVACHERON CONSTANTINでのコラボレーションで、展示とお茶会をご一緒しました。印象的だったのは、表面的な“和”ではなく、茶道文化や日本のものづくりの背景まで深く理解しようとしてくださったことです。
彼らが大切にしている「探究」というテーマと、僕の「みたて」がどこかで重なっていた。そのことが、コラボレーションのきっかけになったように思います。
佐藤:今後されてみたいことはありますか?
山田さん:ビジネスの場にも“みたて”を広げたいです。たとえば商談の前に、いきなり駆け引きから入るのではなく、一度感覚をひらいた状態で向き合えたら、関係はかなり変わると思うんです。“みたて”は、ただ美しいものを見る技法ではなく、調和の入口にもなりうる。すぐに評価や正解へ向かう前に、自分と相手が何を感じているのかを見る。その感覚は、今の時代だからこそ必要なのだと思います。
感覚をひらく、静かな入口としての香り

佐藤:ここで少し、香りの話も聞かせてください。山田さんはLeiのお香、Cashmere Muskを使ってくださっていますが、山田さんにとってお香はどんな存在ですか。
山田さん:香りは、自分をどこか別の場所へ連れていくものというより、自分の感覚を今いる場所へ戻してくれるもの、という感じがします。
佐藤:香りに触れる時間そのものは、山田さんにとってどのような時間ですか?
山田さん:思考が先に走りすぎているときとか、情報が多くて感覚が散っているときに、一度静かな場所へ戻るきっかけになる気がします。
強く答えを出すというより、少し輪郭を戻してくれるもの。そういう存在ですね。
茶の湯も、器も、香りも、前に出すぎないものの方が、結果として深く残ることがあると思います。説明しきるのではなく、その人の感覚が動く余地を残すもの。そういうものに惹かれます。
編集部ノート
何かを前にしたとき、すぐに名前をつけないこと。
お香の煙が細く立ちのぼる時間にも、答えより先に感覚が立ち上がる瞬間があります。
その静かな余白に触れることもまた、“みたて”のひとつなのかもしれません。
山田さんが手に取ってくださっているお香も、そうした時間にそっと寄り添う香りのひとつです。
山田さんの静かな場所へ戻るきっかけ
山田さんInstagram: https://www.instagram.com/shotayamada14/
WEB:https://ya-ma-shou.com/
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