Lei Journal
語られない背景。
明るさの裏側にあるもの。
静かな重心を持つ人や空間に目を向けることで、はじめて見えてくる価値があります。
Lei Journalでは「陰翳礼讃」という考え方を手がかりに、人、空間、仕事の在り方を記録していきます。
Isabella Goldmannさん インタビュー

ものや空間は、かたちになる前に、すでに始まっているのかもしれません。
誰のためにつくるのか。どこに置かれるのか。そこにどんな光が差し、どんな風が通るのか。
イタリア・ミラノを拠点に、建築と暮らしをひと続きのものとして捉えるIsabella Goldmannさん。その視点は、空間の設計だけでなく、そこで使われるものの選び方にまで及んでいます。
建築の話から始まりながら、その眼差しは、素材、暮らし、プロダクトの選び方にまで静かにつながっていきます。
建築と暮らしを、ひと続きのものとして考える

【Isabella Goldmann(イザベッラ・ゴールドマン)】
イタリア・ミラノを拠点に活動する建築デザイナー / バイオアーキテクト。
Goldmann & Partners CEO。建築と暮らしをひと続きのものとして捉え、Raremoodを通じて、その思想をプロダクトの領域にも広げている。
佐藤:まずは、今されている活動について伺えたらと思います。
Goldmann & Partnersでの設計の仕事と、Raremoodで取り組まれていることは、それぞれどのようなものなのでしょうか。
Isabellaさん:建物が完成していても、そこで使われるものや流れる時間がその場と噛み合っていなければ、空間としては完成していないと考えています。
私たちは、太陽の向きや風の通り方、土地の空気、素材の性質を見ながら、その場所に無理のない空間を第一に考えています。強い設備や技術に頼る前に、まず建築そのものの中で、どうすれば心地よく過ごせるかを考える。長く続いていき、そこにいる人にとって自然な空間をつくることが、私たちの仕事です。
ただ、建築だけでは、人の時間は整いきらない。だからこそ、その中で何を使い、どう暮らすのかまで含めて考える必要があると思うようになりました。
佐藤:そこでRaremoodが出てくる。
Isabellaさん:はい。Raremoodは、建築の思想を暮らしの側から支えるための、プロダクトを選び紹介するプラットフォームです。
住宅のプロジェクトの中で、「この家に合うものをどう選べばいいのか」と聞かれることが増えました。丁寧につくられた空間の中で、何を使い、どう暮らすのか。そこまで含めて考える流れの中から生まれました。
佐藤:建築と暮らしを分けずに考える感覚も、そうした建築の見方とつながっているんですね。
Isabellaさん:はい。何をつくるかよりも先に、誰のためのものなのか、どこにあるのかを考える。その姿勢は、建築でも、プロダクトでも、変わりません。
空間を考えることと暮らしを考えることは、ひと続きのものなんです。
設計の輪郭が立ち上がるまで

佐藤:その考え方は、どこで形づくられていったのでしょうか。
Isabellaさん:大学時代に出会った二人の教授が大きかったです。
一人は、古い建築の修復を教える教授でした。彼を通して、ミケランジェロやラファエロ、ブラマンテのような建築家たちの仕事に向き合うことになりました。
彼らの建築を見ていると、ただ美しいものをつくっていたわけではないことがよくわかります。土地の近くにある素材を使い、太陽の向きや光の入り方を読みながら、どうすれば長く持つ建築になるのかを考えている。そこには、装飾とは別の、設計そのものの知性があった。
佐藤:とくに印象に残っているものはありますか。
Isabellaさん:教会建築です。教会は、建物そのものに際限なくお金をかけていたわけではありません。むしろ、信徒に向けて開かれる内部空間に、お金をかけていました。大理石、漆喰、彫像、装飾。人に語りかけるのは内側だったからです。
一方で、建物そのものは、ただ高価であればいいという考え方ではなかった。見えないところも含めて、どうすれば長く持つか、どうすれば何世代にもわたって残るか。その問いに、建築として答えようとしていたんです。
佐藤:豪華さではなく、長く残るための合理があった。
Isabellaさん:はい。どうすれば、過剰にお金をかけなくても、何世紀も持つ建築ができるのか。そこには、今で言うバイオアーキテクチャの考え方が、すでに含まれていたと思います。地元の素材を使うこと。建物を太陽に対してどう向けるかを考えること。冷暖房に頼り切る前に、環境と付き合うこと。
そうした知性を、私は16世紀の建築家たちから学びました。
佐藤:それを知って、建築の見え方が変わった。
Isabellaさん:大きく変わりました。16世紀の建築を見ていると、過去の建築の中にこそ、設計が本来持っていた基本があると感じたんです。条件を読み、環境に応答し、長く残る形にする。という順番です。
もう一人は、現代建築を教える教授でした。古い建築の修復を通して身についた視点を持ったまま現代の建築に触れると、その落差がとても大きく感じられたんです。私には、昔の建築の中で当たり前だった知性が、すっかり忘れられてしまったように見えました。
佐藤:たとえば、どんなところに。
Isabellaさん:太陽がどこから入るのか。建物がどの方向を向くのか。風がどう通るのか。そうしたことを、建築の出発点として扱わなくなっているように感じる場面があります。極端な言い方をすれば、全面がガラスの建物を南向きにつくると、建物は真夏に電子レンジのようになってしまいます。けれどそこで現代は、「そうなってしまっても、あと空調で何とかすればいい」という発想になってしまう。
私はそこに強い違和感を感じました。
技術そのものを否定したいわけではありません。けれど、本来は建築そのものの中に含まれていたはずの配慮が、あとから足される機能に置き換えられていく。その変化によって、建築家は以前よりも自由になったのかもしれません。けれど、その自由さの中で、なぜその形でなければいけないのか、どんな条件からそれが生まれたのかが、見えにくくなっていったようにも感じています。
佐藤:今の設計でも、その感覚が土台になっているんですね。
Isabellaさん:はい。使えるものが増えたからこそ、その前に考えるべきことがあると思っています。土地を知ること。光を知ること。風を知ること。素材を知ること。そして、そこで過ごす人の感覚や時間を知ること。
そうした条件を先に受け取ることで、建築はようやくその場所のものになっていく。私にとって設計とは、何かを足すことというより、その順番を取り戻すことに近いのかもしれません。
人と場所に触れながら、かたちを探る

佐藤:設計は、どこから始まるのでしょうか。
Isabellaさん: まず考えるのは、「誰のためにつくるのか」「どこにつくるのか」、そして「どう形にしていくのか」ということ。私たちにとって設計は、最初にアイデアを置くことではありません。まず、人を知ること、場所を知ることから始まります。
その人がどんな人生を歩んできたのか。何を見てきたのか。何に心を動かされてきたのか。どんな記憶を持っているのか。
そういったものまで含めて、その人を見ようとします。
佐藤:表面的な好みではなく、その人の輪郭そのものを見る。
Isabellaさん:そうですね。空間は、中にいる人のための舞台のようなものだと思っています。なので、そこに立ち上がる空間が、その人の輪郭から遠いものにはしたくないんです。
家族がいるなら、その人数だけ視点が増えていきます。誰がいて、どんな関係があって、どう時間を過ごすのか。
設計は、単に“住める形”をつくることではなくて、その人たちの時間の流れに、どんな器がふさわしいかを探ることでもあると思っています。
佐藤:人を見たあとに、場所を見る。
Isabellaさん:そうです。たとえば、東京なら東京で、その場所の光の入り方を見ます。夏と冬で太陽の角度がどう変わるのか。そこに入ってくる光は、青いのか、黄色いのか。風はどちらから吹くのか。温度や湿度はどうか。
同じ人のための空間でも、場所が変われば、当然答えは変わるんです。
佐藤:かなり細かく見ているんですね。
Isabellaさん:どれくらい日が入るのか。夏の光と冬の光はどう違うのか。その風が、どの窓に当たるのか。
そうした条件は、外の見え方だけでなく、内側の感じ方まで変えてしまいます。
だから、設計の初期段階では、まだ“デザインしている”というより、条件を受け取っている感覚に近いかもしれません。
佐藤:そこから、ようやく形が立ち上がってくる。
Isabellaさん:はい。人を知り、場所を知る。そのあとでようやく、建物の形や素材、熱の伝わり方、壁が必要かどうか、何を見せて何を抑えるかを考えていきます。先に強い形を置いて、そこに条件を合わせるのではなく、条件を受け取ったあとに、少しずつ輪郭が立ち上がってくる。私にとって設計は、その順番の中にあります。
もちろん、最終的には多くの判断をします。
でも、その前に必ず、少し時間をかけて考えます。すぐに答えを出すのではなく、人と場所に触れながら、何が自然に立ち上がってくるのかを見る。
私にとって設計は、そのためのブレーンストーミングでもあります。
何をつくるかは、そのあとにようやく見えてくるものなんです。
静かに残る、美しさ

佐藤:日本のデザインやものづくりに対しては、どんな印象を持っていますか。
Isabellaさん:私が日本のデザインに惹かれるのは、まず本質に向かっているように感じるからです。余計なものを増やすのではなく、何が必要なのかを静かに見極めている。とてもシンプルだけれど、そのシンプルさが空虚ではない。そこに、きちんと考え方が通っているように思うんです。
佐藤:単にミニマルである、ということではないんですね。
Isabellaさん:はい。私にとって大事なのは、ただ少ないことではありません。そのあり方に、しっかりと理由があることです。
ヨーロッパ建築には、venustas、firmitas、utilitas —— 美しさ、耐久性、役に立つこと —— という考え方があります。けれど私が日本のものづくりに惹かれるのは、そこにある順番の置き方かもしれません。強い印象を残すことより先に、まず“あるべき形に整っている”ことがある。
日本のものには、目立つためにつくられていない美しさがあると感じます。強く主張するわけではないけれど、近づいていくと、そこにきちんとした密度がある。静かでありながら、曖昧ではない。美しさは完成した瞬間だけでなく、使われ、残っていく中でも立ち上がってくる。その感覚に、私は強く惹かれています。
佐藤:完成した瞬間より、残り方の中に美しさを感じる。
Isabellaさん:そうですね。完璧であることと、派手であることは違います。
そして、その違いは、何を見せ、何をあえて語りすぎないかという判断にも表れているように思います。
Milano Homeで重なったもの



佐藤:2022年、パリで開催された Maison et Objet でLeiをご覧いただいたことが、最初の接点でしたね。最初に何が目に留まったのでしょうか。
Isabellaさん:最初に惹かれたのは、プロダクトの静けさでした。けれど、それはただ控えめということではなかった。余計なものを足さなくても成立していて、そこにきちんと考え方が残っているように感じられたんです。そのあり方が、とても印象に残りました。
佐藤:その後、Raremoodが特設ブースを構えるMilano Homeでご一緒する流れになりました。そのつながりは、どのように感じていましたか。
Isabellaさん:Raremoodには、空間の中で無理なく成立するものを見ようとする視点があります。Leiには、そうした文脈の中でも自然に感じられる静けさと明確さがありました。
強く語りすぎず、それでも輪郭があること。
静かでありながら、曖昧ではないこと。
そして、きちんとしたアイディアが、無理なくプロダクトの中に残っていること。
Milano Homeでご一緒する流れは、その延長にありました。
編集部ノート
「何をつくるか」からではなく、「誰のために」「どこにあるのか」から考えること。目立つことより、きちんと在ること。
強く語ることより、残る感覚を持つこと。
その順番の中にこそ、長く残るものの静かな強さが宿るのかもしれません。
IsabellaさんInstagram:https://www.instagram.com/i_goldmann
Goldmann & Partners 公式サイト:https://goldmann.it/
Raremood 公式サイト:https://raremood.com/en
