語られなかった背景。明るさの裏側にあるもの。
そうした部分に目を凝らすことで、はじめて立ち上がる価値もある。
Leiは「陰翳礼讃」という考え方を通して、ものや空間だけでなく、ブランドや人の在り方にも向き合っていきたいと考えています。
私たちのインタビュー記事では、その思想に共鳴するブランドや人々の仕事、そして生き方を、静かに掘り下げていきます。
基準をどこに置くか|元ローイング日本代表・中条彩香さんが夜に香りを焚く理由
結果が出るまで、同じことを繰り返す。
反復のなかで残るのは、才能よりも、「どこを目指すか」という基準だけなのかもしれません。
元ローイング日本代表の中条彩香さんは、高校卒業と同時にボートを始め、10年の競技人生を走り切りました。
偶然のスカウト、でも“目線”は最初から世界にあった

【中条 彩香(ちゅうじょう・さやか)】元ローイング日本代表。高校卒業と共にローイングを始め、日本代表まで上りつめる。DENSOのローイング部で約10年間競技を続けた後、2025年に引退。現在は新たなスポーツへチャレンジを続ける。
佐藤: ボートを始めたきっかけを教えてください。
中条さん: 突然のスカウトからキャリアが始まりましたね。元々ローイングに興味があったわけではく、小学校ではサッカー、中学と高校ではソフトボールをしていました。高校3年生で次の進路を考え始めるタイミングで、たまたま私が所属していたDENSOローイングチームの監督がソフトボールの練習を見にきてくださったのがきっかけでした。
佐藤: 出会いは偶然だったんですね。
中条さん: そうですね。練習後に挨拶をして、フィジカルチェックもしていただいて。「筋肉が強いから伸びる」と言われて、そこで初めてローイングの映像を見せてもらいました。面白そうだと思って、そのまま進むことにしました。
佐藤: 未経験のスポーツに迷いなく?
中条さん: 最初に言われた言葉が強くて。「一緒にオリンピックへ行こう」と。
それから、こんな話をされたんです。「エベレストに登る準備と、富士山に登る準備は全然違う。日本一を目指すのか、世界一を目指すのかで、やることは変わる。どっちを目指したい?」って。私はオリンピックに出たい気持ちがあったので「世界を目指したい」と答えました。時間がかかると言われても、覚悟が決まった瞬間でしたね。
佐藤: 目標が決まってからのチャレンジだったんですね。
中条さん:「できるできない」じゃなくて、「どこに基準を置くか」。
それが先に決まると、日々の意味が変わってきます。
“思いを現実にする”技術|反復と規律が、人を作る

佐藤:未経験から始める上で、意識していたことはありますか?
中条さん:挑戦すると決めた瞬間から、気持ちはオリンピック選手でした。
自分はチャンピオンだと思って振る舞っていましたね(笑)。
初心者だからと気を使われること自体が嫌で、”気持ちに技術を合わせていく”みたいな。
佐藤:その行動が結果的に日本代表やアジア2位という実績に繋がるんですね。
中条さん:そうですね。理想と現実のギャップがあるのは当たり前なんですけど、できない自分への苛立ちは常にありました。その差を埋めたくて、やるべきことを毎日やる。結局それしかないんだと思います。
佐藤:ローイングの選手ってどのようなスケジュールで活動しているんですか?
中条さん:朝は4時半から5時に起きて、準備して午前の練習。終わったら食事をして少し寝て、昼は仕事、夕方また練習、という日々でした。あの生活を経験すると、「これ以上きついことは、そうそうない」と思える瞬間があります(笑)。
佐藤:練習はどんな内容ですか?
中条さん: 1回の練習を2時間ほど通して行います。休憩は水を飲むくらいで、基本ずっと動いている。全身を使って、同じペースで漕ぎ続ける。やっていることはシンプルなんです。でも、シンプルなものを高いレベルで継続して極めるのが、一番難しいなって痛感しました。
水と会話する

佐藤: 苦しさだけじゃない魅力もありそうです。
中条さん: そう。ボートの面白さは、「水」にあるんです。
水は生きています。私が直接水に触れるわけではないけど、オールを通じて水に触れて、水に支えてもらってボートを動かす。テコの原理で説明できる部分もあるんですけど、相手が液体だから固定されない。毎回反応が違う。
佐藤: 固定されないものを、支点にする。
中条さん: そう。水が“止めてくれたら”、私は進める。でも水は動く。
だから、ただ力で押してもダメで、「水をつかむ」感覚が必要になります。
うまくいくときって、水がオールを「カチッ」と掴んでくれるんです。
その状態になると、ブレードを押すだけで楽に進める。その瞬間を掴むのが何にも変えられない気持ちよさで。
佐藤: その瞬間、何が起きるんですか。
中条さん: 船が一気に速くなるんです。びっくりするほど。体はきついんですけど、そのきつさが“心地よさ”に変わる瞬間があるんです。
技術がついてくると、抵抗すら感じなくなって、ふわっと空を飛ぶみたいな感覚が得られるんです。水と会話している感覚というか。
10年の集大成と、手放す決断

佐藤: 10年の終わりは、どのような形だったんですか。
中条さん: 私のカテゴリーは、オリンピックに出るための条件が厳しくて。結果として届かなかったんです。でも、チーム全員ができる限りのことをやったのは分かっていて、それでも届かないなら、そこで手放そうと思えた。「こんなにやって無理なら、諦めよう」って。ネガティブでもポジティブでもなくて、現実を素直に受け止めた感じです。
佐藤: 引退後の今はどんなことに取り組んでいるんですか?
中条さん:別の競技に挑戦しています。まだ秘密ですが(笑)。新しいことを始めるのは簡単ではないですけど、また違う面白さがあって充実しています。
夜、トーンを落とすために焚く香り

佐藤:お香は、どんなときに焚いていますか?
中条さん: 夜に焚くことが多いです。家に帰ってきて気持ちを沈め、また新たなスタートが切れるように。「お香を焚く」という行為が好きなんだと思います。お香を焚くって、少し手間がかかりますが、その一手間かける所作が好きです。
佐藤: 香りそのものの印象は?
中条さん: 私は Sea breeze Oudを使っています。桐箱から香るときより、焚いているときのほうがワントーン落ち着く感じがあるんですけど、その落ちたトーンが、深みになっていく感じがします。
佐藤: 中条さんにとって「香り」って、どんなものですか?
中条さん: 音楽みたいなものですね。なくても生きられるけど、あると気分が上がるし、生活がプラスになる。「また明日から頑張ろう」って思えたり、気分が上がる手段をいくつか持っていることって、毎日を楽しく生きるために必要なことだと思います。
編集部ノート
反復のなかで大切なのは、才能よりも基準。
中条さんの言葉は、同じことを積み重ねた末に立ち上がる輪郭でした。
夜、火を灯す時間もまた、その輪郭を静かに整えていきます。
中条さんInstagram: https://www.instagram.com/chaaary699/
